燕京八景、その一「薊門煙樹」

薊門煙樹は西直門の北にある元大都城の城壁遺跡の西段を指す。元の末期に明朝軍が大都を攻略した後に、元大都の北の城壁を南に向けて五里を移し、薊門煙樹という部分の城壁が荒廃されたが、突き固めた土の城壁の遺跡には木が生長して薊門煙樹と称する。

燕京八景、その二「盧溝曉月」

蘆溝橋とも呼ばれる盧溝橋は北京市の南西の約15キロの豊台区永定河にある。今は北京市現存の一番古い石造アーチ橋である。盧溝橋は全長が266.5メートル、幅が7.5メートル、最大幅が9.3メートルに達した。

燕京八景、その三「金台夕照」

金台、即ち黄金台のことである。元々は紀元前3世紀に燕昭王が賢者を礼遇するために築く土台で、上には千金が置かれて天下の名士を招致する。しかし同台の位置については、時代が古いので短時間内に具体的に確定するのは難しい。

燕京八景、その四「瓊島春陰」

瓊島春陰は北海白塔山の東、倚晴楼の南にある。清の乾隆十六年に建碑し、碑の上には特色の蓋があり、四角い形をしている。碑の四面には枝が巻き付く装飾が彫られ、そして碑の正面には乾隆直筆の「瓊島春陰」の四文字が彫られている。

燕京八景、その五「居庸疊翠」

居庸疊翠は居庸関を中心とする八達嶺景勝地である。居庸関は秦の時代に建築され、昔から兵家の争う地である。居庸疊翠のほか、二龍戲珠、仙人枕、栓馬柱、青龍潭、彈琴峽、六郎相、狀元橋、関城、雲台、八達嶺などの名所旧跡もある。

燕京八景、その六「太液秋風」

北海と中南海は金の離宮で、金章宗が指定した燕京八景の「太液秋風」は金中都西苑内の太液池を指すため、西華潭とも称する。中海の水雲榭という建築に、乾隆帝が直筆の「太液秋風」の四文字が彫られ、「燕京八景」の一つである。

燕京八景、その七「玉泉趵突」

玉泉山は風景が麗しい、泉が澄みわたっていて玉のように透明できらきら光っている、山は泉によって命名されるため、玉泉と称する。ここの水が透き通っていて玉のように澄んでいるため、最初は「玉泉垂虹」と名付け、燕京八景の一つとなった。

燕京八景、その八「西山晴雪」

西山は北京の西郊外にある連綿と続く山脈の総称で、太行山の支脈である。いわゆる雪景はこの辺に指す。そのうち香山がこの辺の典型的な峯であるので、乾隆が「西山晴雪」の碑を香山の山腹に建てることにした。

 

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